



| 日本史 | マカオ史 | 西洋史 | |||
| 1337 | 室町幕府成立 | 1337 | 英仏間で百年戦争始まる | ||
| 1368 | 足利義満、第3代将軍に | 1386 | 明朝成立 | ||
| 1467 | 応仁の乱。戦国時代に突入 | ||||
| 1482 | 銀閣寺建設始まる | 1479 | スペイン王国成立 | ||
| 1488 | 加賀で一向一揆 | 1492 | コロンブス、新大陸到着 | ||
| 1498 | ヴァスコ・ダ・ガマ、インド着 | ||||
| 1510 | ポルトガル、ゴア占領 | ||||
中国第四の長さを誇る珠江。
この河口部にある最大の都市・広州は、古代から中国南海貿易の中心地として発展していました。
少なくとも5世紀以降、マカオ半島はその地理的条件から、広州と東南アジアを行き来する商船などが、船の修理や水・食料の補給のために立ち寄った場所であり、海のシルクロードの一部を担う港町として、ローマに向けシルクを運ぶ交易船でにぎわっていました。
この河口部にある最大の都市・広州は、古代から中国南海貿易の中心地として発展していました。
少なくとも5世紀以降、マカオ半島はその地理的条件から、広州と東南アジアを行き来する商船などが、船の修理や水・食料の補給のために立ち寄った場所であり、海のシルクロードの一部を担う港町として、ローマに向けシルクを運ぶ交易船でにぎわっていました。
1277年には蒙古の襲来から逃れて、南宋(1127~1279年)の官僚と難民5万人がこの地に移り住んできたという記録も残っています。明朝(1368~1644年)に入ると民間貿易が禁止(海禁令 = 1372年)されましたが、広州は南海諸国との朝貢貿易(政府が管理する交易)の入港地だったことから、福建省の漁民や広東省の農民などが様々な地域からここに集まり、半島を意味する澳門(オウムン)と呼ばれる地域が形成されていきます。
当時、日本は室町時代。海禁令により跋扈(ばっこ)していた海賊と区別するため、幕府は明朝との間で勘合符を使った「勘合貿易」を行っていました。
一方、航海者ヴァスコ・ダ・ガマによりアフリカ喜望峰ルートが発見され、海制権を得たポルトガルは、ゴアとマラッカを領土とし、さらなる富を目指して交易船を中国、日本へと差し向けたのでした。
[出 典]
・ マカオ歴史散歩 (菊間潤吾著) 新潮社発行
・ 南蛮のみち 街道をゆく22 (司馬遼太郎著) 朝日文庫発行
・ 『ウズ・ルジアダス -ルーススの民のうた -』 (ルイス・デ・カモンイス著) 白水社刊
・ マカオ歴史散歩 (菊間潤吾著) 新潮社発行
・ 南蛮のみち 街道をゆく22 (司馬遼太郎著) 朝日文庫発行
・ 『ウズ・ルジアダス -ルーススの民のうた -』 (ルイス・デ・カモンイス著) 白水社刊
17~18世紀頃のマカオ 












































































































